【優しさとは②】お節介の境界線を乗り越える為のキーは『多角性と想像力』

人間関係
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今回の記事は少々哲学的・思想的すぎるテーマかもしれませんが、『優しさ』について考えてみたいと思います。

このテーマにたどり着いたのにはあるきっかけがあり、人間がよかれと思った行為がお節介になってしまう現象をご紹介します。そのお話を前回の記事で解説しました▼

そして今回、後編としてその後に僕なりの優しさを最大限に取り入れ活用する為の心得を2つご紹介したいと思います。

難しいテーマですが“リベラルアーツ”的会話を通じ、皆さんの優しさに対しての思考を共有していただき、少しでも“悟り”に近づけられるような機会を生むことができたらなと思っていますので、是非今回の記事もチェックしていだだきフィードバックをくだされば幸いです!

優しさとは○○力

前回に引き続き、今回の記事でも心理セラピスト・足立由布子氏のお言葉をお借りします。

心理学的に『決めつけ』によっておどらされるお節介とは違い、思いやりには脳裏に働く機能そのものが別にあるそうです:

思いやりはミラーニューロンの反応とは異なり、想像力です。
「相手の立場に立って考える」ことであり、情緒よりもむしろ理性を働かせることです。

心理セラピスト・足立由布子氏

図星すぎますよね…。
まさにそうなのです、僕が何度かこのブログで引用させてもらっているアルベルト・アインシュタイン氏の「想像力は無限」発言や、僕が遠距離で学んだ「信頼は想像力ありき」発想などに基づくと、結局そこに至るのです。

ではなぜ結局想像力“任せ”になるのか?

それは簡単で、自分と相手はどうしても違う生き物だからです。
仕方がない事なのです。

だからこそ相手を傷つけない為にも、ポテンシャルが限りなく高い“想像力のスキル”を駆使し、自分から行動を移すしかありません。

優しさって図々しさや厚かましさ、最悪の場合(極端な話、僕のコーヒー事件も)被害になりかねないのです。

【誰でも優しくなれる方法】小説を読もう

そこで具体的に僕がお勧めするのが【小説を読む】ことです。

小説は(ご存知の通り)、ストーリー仕立てになっているので、自分にあった出来事をリンクさせたり上手くその場を想像しやすくなったりしています。
それだけでなく、小説にはたくさんのキャラクターが登場する為、相手の背景を理解できる、ある種の優しさを想像する練習になるのです。

文字から浮かびあげる世界を創造するといった意味では、ダブルの想像力の練習になるかもしれません。

オススメの小説2選&小説から学べる教訓

中でもお勧めなのが、伊坂幸太郎氏・著書『今はちょっと、ついていないだけ』重松清氏・著書『ステップ』です。

なぜこの二冊が特によかったかというと、

  1. こいつ腹立つわ~、っていう登場人物が『なぜそういう性格になってしまったという背景』
  2. 『少数派の犠牲』

この二つが細かく描写されていたからです。

まずポイント①について。

これはどういうことかというと、どんなに苛立つ相手でも、その人はその人で“一時的に理性を失ってしまうぐらい”辛い出来ことがあるのかもしれません
その人はその人で反省する必要がありますが、状況的には自分が大人になるしかありません

心理学的にも感情をコントロールする為に『相手の背景を想像する』テクニックは重要視されています。
これの想像力こそが、自信のコントロールを勧請する能力に繋がり、冷静さを向上させ、そして優しくなれる為のプロセスになるのです。
実際『今はちょっと、ついていないだけ』にも、初めは腹立たしかったのにエンディングでは大好きになった登場人物もいましたね…(笑)。

ポイント②も少し類似していますが、具体的にネタバレのないように『ステップ』を用いてお話しします。

妻を病気で失った男が育ち盛りの娘と過ごす親子のストーリーなのですが、この<シングルファーザーというマイノリティ(少数派)>に度々辛い出来事が襲い掛かります。
例えば学校の先生が母の日ということで生徒にお母さんの似顔絵を描いてくるという宿題を課すのですが、シングルファーザーの家庭は似顔絵を描くお母さんがいません。
育ち盛りで繊細な女の子に対し、先生は平気で「仏壇にある絵を描けばいいんじゃない?」と言ってしまいます。
その娘が仏壇に向かい、失ったという寂しい感情を殺し、お母さんとの楽しい時間を必死に思い出すこの<少数派の犠牲>が存在することに僕は気付きました。

想像力や優しさにも多様な側面があり、それをまずは知る事で優しさにつながると思います。

【読書が苦手な方のために】優しくなるための別の方法:『割り切って“自然体”で考えること』

もう一つの方法は水野敬也氏・著書『夢をかなえるゾウ4』より抜粋させていただきます。

このシーンを簡潔にまとめると、神様であるガネーシャが〈なぜ人間は完ぺきを求め、夢を追いかけるのか〉について解説

そしてこの世界はただ“形が違うだけ”の【原子の集合体】であるとアドバイスをあげました。
その一連の流れから僕が引用させていただくのがこちら:

全体から切り離された『自分』を生きているから、他の人に認められたり、優越したり、持っていないものを手に入れなあかんて思てまう。

でも、ほんまは、優越すべき相手なんておらへん。
手に入れなあかんもんなんか何もない。

この世界に存在するすべての物は、形を変えただけの、自分と同じものなんやから。

ガネーシャ、水野敬也氏・著書『夢をかなえるゾウ4』より

この本が夢に対して問いかけているのに対し、僕は優しさというゴールを目指している題材こそ違うものの、考え方とコンセプトはまさに一緒だと思います。

つまり優しくなる為には、「みんな違ってみんないいけど、科学的に見るとみんな一緒。だからこそ相手を否定し傷つけるということは、結局“嫌な自分”をけなしているのと変わりない」

こういった『受け入れ』と『割り切り』を上手く応用していけば、事あるごとに想像力を働かせ、自分の為にも相手を受け入れやすくなり、人間関係が良好になるのではないかと感じています。

※このシリーズの前作をお読みになられていない方は、こちらの4冊合体版がオススメです▼

まとめ:決めつけでなく、想像力を働かせる

想像力は、知識より大切だ。
知識には限界がある。

想像力は、世界を包み込む

アルベルト・アインシュタイン氏

このブログを通じて何度も引用してきた、アルベルト・アインシュタイン氏のお言葉です。

しつこいかもしれませんが、それでも大切な事だからこそ繰り返し伝えていき体に刻み込むことができると信じています。

そう、【本質】なのです。

以前、僕は相手を決めつけること、つまりジャッジする(あるいは憶測をする)ことがどれだけ“罪深い”かに関してお話ししました。

優しくなる、というのは思っているより難しいことなのです。
事実、僕も“優しくないがゆえに”相手を傷つけてしまうなんてこともあります。

だからこそ改めて何がいけなかったかをその都度想像し、少しでも多く知る事でより相手を思いやることができる人になりたいですね…。

難しく“答えのない”テーマではありましたが、だからこそ皆さんとシェアすることでより多くの知識を蓄えられるのではないかと思っています。

記事を読んでくださり、にふぇーでーびる!
またやーさい!

大空にも東も西もないように、あなたの心も内側と外側で境界を設けてはいけません。

―“さとり人”代表・お釈迦様より

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