【ネタバレあり】SF・ホラーが苦手な僕が、映画『ミスト』を最強教材だと思うワケ

社会問題
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今回の記事は昨年末に鑑賞した映画『ミスト』についてお話しします。

ジャンルとしてはSF・ホラーに分類される作品で、僕自身SF・ホラー・ファンタジーなどは苦手なのですが、それでもこの作品をなぜオススメするかについてお話しします。

というよりも、この映画に描写されていた2つのポイントが、あまりにも政治的・社会的に強いメッセージであり教養を含んでいたので、ネタバレを多少含んだ形で解説いたします。

引用元:https://movies.yahoo.co.jp/movie/329978/

まず映画『ミスト』のあらすじを紹介した後に、映画のシーンをピックアップしていきながら各シーンがどういうメッセージを含んでいるのか解説します。
2つの教訓は以下の通りです:

  1. 教訓①
    リスク許容範囲を超えて行うプロジェクトの危険性
  2. 教訓②
    見えないものを“見えるもの”にスイッチする集団心理の恐怖

映画で起きたシーンを「これ、実際社会で起きているよ!」と具体例と比較していきながら見ていきましょう!

映画『ミスト』のあらすじ・ネタバレ

大まかなあらすじ

まず映画のあらすじですが、こちら僕の片言日本語でなくより大まかなストーリーを理解していただくために引用させていただきます:

映画 ミスト 予告編

激しい風雨に見舞われたデザイナーの男性・デヴィッド。

家族は地下室に避難していたおかげで無事だったものの、嵐の被害で電話は通じず、家の側にある木が倒れたことで自宅の窓は割れていました。

ひとまず家の修繕に必要な物を調達するため息子・ビリーを連れ、スーパーへとやってきたデヴィッド。
しかし買い物を終えようとしていた時、店の外を深い霧があっという間に覆いつくし、「外に何かがいる」と助けを求める血塗れの男性がスーパーに飛び込んできました。

外は危険だからとスーパーの店員含め、客全員でスーパーの中に籠ることにしたのですが、発電機を操作するために1人の若者が店の外に出ようとします。
しかし外に出ようとする若者、そしてそれを見守っていたデヴィッドたちの前に、うねうねと蠢く謎の触手が現れ…。

ちゃっぷのいつでも映画日

といった感じですね。

町に霧が突然現れ、その霧の中に潜む“見えないもの”が人々を襲っていき、その中でもスーパー店内で待機して町の様子を伺いながら生き延びる映画です。

さて、「ここがめちゃくちゃいい教訓を教えてくれている!」という見どころを解説すべく、少しネタバレいたします。

映画に含まれる教訓を学ぶためのキーとなる『2つのネタバレ』

ネタバレ①:霧の中に潜む”ナニカ”は人間が生んだもの
引用元:http://mralansmithee.blog.fc2.com/blog-entry-107.html

この霧に潜む“見えないもの”の正体は、軍が生み出した生物兵器・巨大モンスターでした。

その巨大モンスターを閉じ込めていた『別次元』的な空間が何かしらの科学的エラーによって破壊され、巨大モンスターが町へと降りてきて人々を襲います。

しかし映画を通じてこの巨大モンスターがはっきりすることはなく、登場人物はひたすら“霧の中に潜む見えないもの”と戦っていたわけです。

ネタバレ②:スーパーの中で行われる〈人間同士の争い〉
引用元:https://www.machinaka-movie-review.com/entry/2016/03/21/132109

そしてもう一つのポイントが、スーパー店内で待機している間、人々が混乱に陥りお互いを攻め合い、挙句の果てには「お前は天罰を下した。神様の犠牲になるべきだ」と、ある男性を名指しで攻め、店外に追放して命を奪われるシーンがあります。

つまりこの映画では霧の中に潜む“見えないもの”に怯え狂った人たちが、安全であるはずのスーパー店内でも混乱を招き、人間同士で争いがおこる様子を描いています。


このネタバレ・キーポイント2つを用いて、僕がなぜこの映画をオススメするか、その大事な教訓を今から解説します。

教訓①:リスク許容範囲を超えて行うプロジェクトの危険性

ネタバレ・キーポイント①で紹介したように、この霧の中に潜む巨大モンスターは軍が極秘で町民にも誰にも伝えず、勝手に行ったプロジェクトです。

ここで大切なポイントが2つ。

重要ポイント①:リスク許容度に対する理解の欠如

まず軍は自らのリスク許容範囲を理解せず、その範囲を超えて手に負えない危険を伴い、さらにこのリスクテイクを失敗することでその対策や損害を計算していないことから自分だけでなくまち全体にも悪影響を与えてしまいます。

この【自身のリスク許容度の確認とそれに基づく行動】というのは人生において非常に大事で、たとえば自らの資産や収入などを理解せずに“ギャンブル”に手を出し、いずれ自己破産して保護者や配属者などに悪影響を与えてしまうというケースに類似しています。

またパーソナルな家計の問題だけでなく、たとえばコロナ禍においてのブラジルの当初の大々的な規制緩和、というより無規制は感染者や死者を急増させただけではなく、後々のロックダウンの対応などにより中期・長期的な経済活動にも悪影響を及ぼしました。
いわば国家はコロナ対応においての自身のリスクを顧みず、許容範囲を超えたところで活動したことによりその後の“尻拭い”で苦労し、国民を巻き込んだとも言えます。
※尚、これはブラジルの政策を批判する記述ではなく「リスク許容範囲」というお題に基づいて個人的な意見を述べたものです。ご了承ください。

重要ポイント②:人民を無視した政治体制

このシーンで大切なもう一つのポイントは【極秘任務】ということです。

生物兵器を町民に内緒で開発し、町民はその全貌を知らないままその兵器によって殺されてしまいます。

「人民の人民による人民のための政治」のはずが、反って人民が知らないまま国家が勝手に行動をし、人民が一緒にその国家の責任を負う(この場合、生物兵器によって殺される)というパラドックスが生じてしまっています。
パラドックスでもないか、単なる独裁体制。

そしてこの人民のためでもない、人民に知らされてもいない軍事計画などの具体例は、言うまでもなく残念ながらこの世にたくさん存在しています。

引用元:https://cinema.pakkan-blog.com/mist-last

勿論、国民全員が納得のいく政策をつくるのは不可能です。
ただ政治がGoing behind our back(内緒で、陰で、ひそひそとする)ということ自体に僕は疑問を感じ、この映画もそのメッセ―ジを主張している気がしました。

このリンカーン大統領の発言の原点に戻り、「なぜ」その計画を進めるべきか「どうすれば」その計画のリスク許容度にとどまった範囲で豊かな社会をつくれるか、それを人民という軸で考えることこそが政治なのではないかと改めて感じました。

規模は小さくなりますが実際僕の大学サッカーチームで似たような事件が起こり、チームで話し合う前にキャプテンが勝手に判断を下し、クーデター的な感じで分裂が起きた時期がありました。
「人民」という軸がこの場合チームや選手であるはずなのに、首脳陣の都合だけを考えたり独裁的になってしまったり、そして何より密かに計画してしまったりすることで、分裂は起きます。

教訓②:見えないものを“見えるもの”にスイッチする集団心理の恐怖

スーパー店内で待機していた登場人物のうちに、狂気的なキリスト教信者の女性がいるのですが、その女性が「天罰を下される時が来た」「(ある登場人物を名指しに)お前のせいでこれが起きている」と騒ぎだし、店内にいたほかの町民たちを煽ります。

当初は「あいつ黙らせろ」的な空気で流れていたのですが、やがて〈ただただ待機して霧が消えるのを待つ派〉だった町民も恐怖に煽られ、「そうだ、これはあいつが悪いんだ」という風に過激派同士で一致団結し、店内で争いを起こしてしまいます。

引用元:http://sobaten.blog48.fc2.com/page-5.html

ここで僕が感じたのは【何か“見えない”恐怖が起こった時人間は“見えるもの”にシフトして攻撃する】ということです。

霧の中に潜む“見えない”ナニカに襲われている最中、「いつになったらこれは治まるんだ」「このナニカは○○をすれば治まるかもしれない」と脳内で混乱を起こしてしまいます。
自身の恐怖を和らげるためにも、そしてその“見えない”ナニカから逃れるためにも、『目の前にある分かりやすいナニカ』にシフトするほうが安堵だし腑に落ちてしまう現象なのです。

そしてこの映画で描写されているように、それが集団心理で生じてしまった場合、潜在的にある人間のパワフルな協調性はネガティブな方向へと転じてしまい、標的を定めたら徹底的に攻撃してしまうのです。

あまり政治的な話に首を突っ込みたくはありませんが、やはり歴史的に見ても同じケースが繰り返されています。

第一次世界大戦によって大不況に陥ったドイツはナチス政権によってリードされ、その大不況という“見えないナニカ”をユダヤ人などの“見えるナニカ”に焦点を変え攻撃したケース。

あるいは「我々の国家はGreatじゃない、もう一度Greatになろう」という“見えないナニカ”をマイノリティ・少数派という“見えるナニカ”に焦点を変え、国民を煽ったケース。
最近でいうと、「新型ウイルスはビル・ゲイツによって企まれていたんだ」とある過激派組織が国の分裂を加速させるような攻撃的な運動を行うケース。

人間のすさまじい協調性と恐怖によって平気で攻撃的になる野蛮性は、やはりこの映画でも細かく表現されており、実際僕たちが改めて考え直さなければならない議題だと感じます。

まとめ:『ミスト』は歴史を振り返り反省する『しくじり先生』的作品

各シーンがどういうメッセージを込めているのか常に考え、そしてその主張を実社会と照らし合わせることで反省や政治・社会の弱点がはっきりします。
それが仮に制作側の意図であろうがなかろうがSFやホラーといった僕の苦手なジャンルを卓越した、いわば『しくじり先生』的教養のある素晴らしい作品です。

『誤った歴史の繰り返し』というのは不幸なことに今でも行われていて、ウイグル自治区の収容所の問題であったり、どうして同じ馬鹿なことをしてしまうのだろう、そしてそもそもそんな各人民の権利を強奪できる社会や政治はそもそもあるのだろうか、と考え続ける必要があります。

それが「人民の人民による人民のための政治」だからです。

だからこそこのテーマを映画というアートの表現によって僕たち人民が受け取ることで、僕たちの思考が刺激され、思いを発信するという循環に組み込めると感じます。

皆さんも是非『ミスト』をご覧になって、何を感じたか共有してみてください。
そしてほかにも映画や書籍などで『誤った歴史の繰り返し』を描写しているお気に入りの作品がございましたら、是非コメント欄に書いて教えてください!

記事を読んでくださり、にふぇーでーびる!
またやーさい!

大空にも東も西もないように、あなたの心も内側と外側で境界を設けてはいけません。

―“さとり人”代表・お釈迦様より

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