【ご報告】大学サッカー、引退しました

息抜き企画
スポンサーリンク




ハイサイ、さとり世代の仲間たち!
ハイサイ、さとり世代を応援してくださっている皆さん!

いつも読んでくださり、誠にありがとうございます。
読者の方々にはSNSアカウントをフォローしてくれたり、直接お褒めの言葉をくださったりと、ありとあらゆる形でギブしてもらい大変お世話になっております。

そんな皆様にご報告があります。

大学サッカー、引退しました。

今回の記事は引退に際しての赤裸々な想いをぶつけた、ただのつぶやきです

昨年はCOVID-19の影響によりほとんど沖縄で過ごしていましたが、今年は大学サッカーのリーグ戦・コンファレンスが再開されるとのことで、実は1月に米国に戻っていました。
練習やフィジカルトレーニングも毎日あり、試合に向けて励んでいたところの2月13日のことでした。

同コンファレンスに属している大学数校が感染拡大によりキャンパスを閉鎖したり、雪の影響でフィールドが使えず他の施設も現在使用許可を出していなかったり、3日に1回やっていたPCR検査の費用に限界がきたりと…
とても試合ができる状態じゃない、万全の体制で運営することができないということで、公式の大会・リーグ戦中止を余儀なくされました。

多少の不満もありましたが、それでも計5試合非公式ではありますが何とかすることができ、また全試合先発で出場することができたので、僕の中では本当に悔いがありません

そして、改めて気付きました―サッカーが大好きだ。
学生サッカーは引退でも、どういう形であれ今後もサッカーを続けていきたい

実は最近就職活動を始めたのですが、その中でインタビュアーさんに「あなたにとってサッカーとは何ですか?」と聞かれることがあるんですよね。

それもそのはず、小学校から続けてきて、高校では挫折を味わい、大学では大怪我にあい、それでも度々評価されと、紆余曲折を経てまで愛したスポーツなので、なぜそこまで全うできるんだろうと感じられるのも不思議ではありません。

これまでサッカー人生について語った記事はいくつもあるので、今回は引退した心情について、サッカー人生をちょくちょく振り返りながら気軽に話させてもらいます。

『2年半の怪我生活からの復帰』を目指して

そういえば僕はマインドフルに考えることに最近注力していると述べましたが、唯一どうしても譲れないと掲げていたのが【大学サッカーの復帰、先発メンバーへの定着】でした。

思えばチームに戻った当初、最初は力が抜けていてうまく自分の思うようにプレーできていたのですが、段々周囲の期待がプレッシャーに感じてしまったり複雑に考えてしまったりして、最初の試合の3週間前から先発メンバーの構想に外されたんですよね。

そこで余計焦って空回りしたのですが、そんな時に助けられたのが親友のゆうさく君でした。

その時がちょうどゆうさく君の記事を掲載したときで、編集しているときに振り返ってサッカーの原点に戻れたことによって、「そうだよ、俺らしく。楽しく、もっと力抜けよ」と立ち直ることができました。

そういえばよく言われたなあ、高校の時に所属していたサッカーチームの監督がよく注意してくれたのが「力入りすぎ」ということでした。
熱くなって、自分の世界に入りすぎて、余裕なくしてしまうんですよね…(笑)

なんか全部フラッシュバックして、反って力が入りすぎている自分上手く力を抜いている自分の双方が明確化し照らし合わせることができ、試合の1週間前から再び先発メンバーに復帰することができました。

結局、原点。
言われ続けているのには理由があるからこそ、そこを信じる。

9か月に及ぶ自主トレーニングを経て

少し時を戻してみてお話しすると、コロナ禍で実家・沖縄にいたときに続けていたトレーニングも、実はこのサッカー人生における一つの大事な場面だったんだなと感じますね。

正直な話、怪我の状態がもっとひどかったときは少し現実逃避し、「どうせだったらリハビリがてら、米国のサッカーに対応するために筋トレばっかして大きくなろう」なんて考えていました。

実際筋力や筋肉量は増加したのですが、その分結局怪我への負担も大きくなったし、サッカー選手における俊敏性や体力にはマイナスな影響を及ばしました。

そこで改めて【復帰】という目標を確認したうえで、何が本当に必要なのかを見直した結果、食事を徹底的に管理したうえで『体幹』『体力』『俊敏性』『基礎スキル』に立ち直り、練習も走り込みメインでリハビリがてら足腰を強化しながらこれらの項目を向上させました。

昨年3月末に強制帰国を余儀なくされてから、米国に戻るまでずっと―。

結果、まず体脂肪率が6%台まで落ち保持することができました。

努力を数値化して証明することができたのも嬉しいですが、何より嬉しかったのが友人のみずき君とゆうさく君と合同トレーニングをしたときに「すげえなこのトレーニング、俺らの大学の走り込みより全然キツイよ」とフィードバックをくれたことでした。

ずっと自分一人で信じて続けてきた自主トレーニング、本当に正しいのか、このまま続けても大学サッカーのレベルに順応することができるのか、そんな不安もありましたが、彼らがそう褒めてくれて気付くことができ安心しました。

自分に足りないものを見極め、本質を見極め、やるべきことを淡々とやる―。
当たり前だけど、その当たり前を当たり前にやることもすごいんだぞ―。

信じ続けて、やり続けてよかった―。

実際、米国に戻りチームに合流してもレベルについていくことができ、むしろ『攻守双方に積極的に参加・貢献できるサイドバック』として、その体力を認めてもらいました。

サッカーにはこれからもお世話になりそうです

このコロナ禍での単独のトレーニングも、【信念】という意味で本当に多くの学びを得ました。
ひとりだけど、ひとりじゃないし、なんだってできるんだな―。

ごめんなさい…今回の記事、なんか臭いつぶやきが多いですね(笑)。

でも本当にサッカーという観点からたくさん学ばせてもらいましたね。

復帰して一発目の試合、会場で先発メンバーの名前を呼ばれ紹介されたときは、恥ずかしい話、試合には集中していましたがどうしても思い詰めるところがあって涙をこらえきれませんでした。

そしてサッカーはめちゃくちゃ楽しいですね。
〈こんなに楽しかったっけ(笑)?〉と思わせてくれるぐらい毎試合楽しくて、勝ったときや仲間がゴールを決めた時の喜びは最高で、引退が嫌で嫌で仕方ありませんでした。

近日公開する記事で詳しくお話ししますが、サッカーでは個人としてもチームとしてもたくさんの学びを得られたことから、競合性も協調性も感じ、己としても集団としても高め合えることができ、その魅力を常々肌で感じていました。

就職活動の時に「あなたにとってサッカーとは?」とご質問を受けたとき、僕は「僕のストーリーをお話ししてもよろしいでしょうか?」と返答し、あらゆる角度からサッカーが僕にとって何を教えてくれたか、サッカー自体が僕の先生であり、ある種僕という人間を表現するためのアートの一つだったことに気付かされ、改めてアイデンティティそのものであることを再確認できました。

応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
ただ僕はサッカーを辞めませんし、サッカーから離れることはないでしょう。

これからもサッカーにはお世話になりそうです。

記事を読んでくださり、にふぇーでーびる!
またやーさい!

大空にも東も西もないように、あなたの心も内側と外側で境界を設けてはいけません。

―“さとり人”代表・お釈迦様より

コメント

タイトルとURLをコピーしました