【センスを通じたスキル】“土俵を理解”している賢者

進路
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最近親友の紹介がてら、彼らから学んだことについて綴る記事が多いですね…(笑)。
昨年は久々に地元の友達と1年も一緒にいられたので、米国に戻って少し寂しい気持ちがあるのかもしれませんね(笑)。

ということで今回の記事も、僕の親友の一人である『こうじろう君』を皆さんに紹介しながら、なぜ彼は“センスが良いのか”についてお話しします。

前回、サイエンスやロジック、スキルなどに対し、並行してアートやセンスに重みを置く両立性の大切さとそれからなるアイデンティティの確立についてお話しし、そのコンセプトへの理解こそが“スマートに仕事ができる”ということを解説しました▼

【自分なりの感性】について最近考えることが多くて、言葉で表しにくいからこそ味の出るアイデンティティの一面だということをより理解してきたので、ブログを通じて少し考えてみることにハマっています(笑)。

こうじろう君はライフスタイルの確立の仕方人生設計の“ペース”が何となく自分と合っていて、よくのんびりお酒の席や浜辺で相談がてら気軽に将来の話をするんですよね。

彼との話は僕にとってすごく貴重で、近日またお話ししたいのですが【各土俵においてセンスを磨くためのメンターを持つことの重要性】(一括に“オススメ”を好かない理由)を知っているからこそ、こうじろう君は僕にとってひとりのメンターなんですよね。

こうじろう君の感性を少し共有したいと思います。

“何でも作れる”飲食店に行かない理由

皆さんにとって、行きつけの定食屋やラーメン屋などはありますか?
僕にも数店舗、そういう行きつけと呼べるような頻繁にお世話になっている飲食店があるのですが、中でも鶏寅さんは大変お世話になっている白湯ラーメン屋さんです▼

鶏寅 (小禄/ラーメン)
★★★☆☆3.39 ■予算(昼):~¥999

例えば“何でも屋”というお店、つまり何でも作れるお店って必ずしもセンスが良いとは限らないと思うんですよね。

鶏寅さんのような僕が好きだな~っていうお店って、とにかくそのお店らしい『味』が滲み出ていて、このお店でいうとこぢんまりとした超気軽に入れる雰囲気、無口な店長と元気いっぱいの“女将的”店員さん、そしてほかのお店にはない独特な“炙り鶏”。
この大きな要素に連携して絶妙な味の濃さの白湯出汁など他にもたくさん味があるのですが、これって必ずしも一括に料理ができるからそれに対してお金を払っているわけじゃなくて、鶏寅さんにしかない良さ自体にお金を出しているんですよね。

平均点にお金を払う人はいないっていうことだと思うんですよね。
労働市場でお金が支払われるのは突出した強みに対してであって、マイナスの凹みをゼロに戻すことによって平均点になりましたというだけではダメなんです。

これを料理屋で考えてみると、中華料理のスキルを勉強してメニューを通り一遍つくれるようになりましたと。
じゃあ、それでお客が来るかというと来ないわけですね。
少なくともファンはつかない。

ファンがついて継続的に繁盛する店というのは突出した特徴、まさに「余人をもって代えがたい」特を持っているわけです。

これは真似ようと思ってもなかなか真似できないわけで、やっぱり言語化できないからこその強みですよね。

楠木建氏&山口周氏・著書『仕事ができるとはどういうことか』

確かに一見、ただの“何でも屋”にみえるお店、例えば深夜食堂や夜食カフェ・マカンマランはただ何でも作れる飲食店じゃなくて、それぞれの店主の感性や個性各料理に込められたある想い、さらに彼らが作る憩いの場的安らぎのスペースがあるからこそのファンがいるわけなんですよね。

引用元:https://girlschannel.net/topics/1873477/

「あれ、親友のこうじろう君の話はどこへ?」と思われた読者の皆さん、前置きが長くなって申し訳ございません(笑)。

ここまでお話しさせた“何でも屋”のお話は『単にスキルを習得することの盲点』を訴えるためにご紹介しました。
それを踏まえてこうじろう君はどのようにスキルの習得と向き合っているのかをお話しします。

個性を理解しているからこそ得るべき『自分なりのスキル』

こうじろう君は僕のメンターで、彼は『学力のないけど賢い自己センス理解度100点の男』なんですよね。
なぜわざわざ学力がないかというのを含めたかというと、彼は学力がないことをイジられているけど、僕が知っている限りめちゃくちゃ賢い知人の一人であることを強調したかったからです。

つまり賢さというのは学力ではなく、【センスも含めた感性、そしてそれをストーリー仕立てで上手くスキルを習得するコツをつかむ】ということに近い気がするからです。
そしてこうじろう君はそれのスペシャリスト。

彼は昔から編集の凝った動画や、写真を撮る角度など細かい指示の入った撮影を日頃からするような異常な(笑)演出家なんですよね。
彼はインスタグラムにアップする15秒の動画にも妥協を許さない、カメラ大好き男です。

彼のその味はSNSにとどまることなく、「これ俺マジで楽しんでる、最高に好きかも」ということで本格的に動画編集のスキルを習得し、今ではYouTuberとして活躍しながら、フリーランスという形態で動画編集に携わる仕事も行っています。
こちらが彼の運営しているYouTubeチャンネル▼

すずこじ
はいさいーい🌺 このチャンネルでは僕たちの普段のデートや 沖縄のカフェ、古着屋、居酒屋などなど 沖縄のおすすめスポットを紹介していますので もし良ければチャンネル登録お願いしまーす😊 Instagram📸 すず  こじ  TikTok すずこじ 

彼は何でもかんでもスキルを習得したり、“今YouTubeがきているから”動画編集のノウハウを学んだわけではありません。

以前大学の進路についてお話ししたときに、僕は自分の“なりたいカッコいい像”を持ち、その価値観を重要視する大切さを強調しました▼

こうじろう君から「この記事、特に好きだわ」と熱いフィードバックを頂いたのですが、まさにこの価値観の置き方のセンスが僕らなんだか似ていて、彼も<演出家としての感性や楽しさ>を重々理解しているからこそ、そのセンスに謙虚に従っているのです。

むやみやたらに流行りのスキルを習得するのはナンセンスで、「こういう時の俺好きやわ~」の感性を大事にし、それに伴うスキルをリスト化するのではなく“ストーリー仕立て”で構成し、習得しているからこそ彼は賢いと感じます。

彼がフリーランスという形態で自身のYouTubeチャンネルの傍ら仕事をしながら動画編集の技術に磨きをかけているのも、

  1. 事業所得の大切さを学んだから
  2. Gembaで働くことの大切さを知っているから
  3. フリーランスという形態が自身の時間管理やライフスタイルに合っているから

行っていることで、フリーランスという形態をより詳しく学ぶために自分で両学長@リベ大から“生き方”の教養を学び、僕たち2人でアウトプットしながら話し合ったりします。

第84回 【有料級】独立のための完璧な「家計ノウハウ」を解説【会社辞めたい人必見】【稼ぐ 実践編】

だから彼は単に動画編集のノウハウだけでなく、そのうえでライフスタイルや価値観を改めて振り返りそれに基づいて的確なスキルを学んでいるからこそ(この場合でいうとパーソナルファイナンス、およびフリーランスの在り方というスキル)しっかりとした軸で人的資本に投資している“スマートさ”があるんですよね。

事実、僕自身も“履歴書上”ではスキル欄に『WordPress』『Googleアナリティクス』『ブラインドタッチ』などが記されていますが、この背景にあるストーリーまでが僕のアイデンティティそのものだと思うんですよね。

このスキルはただ単に習得したのではなく、「俺自身の悟りって何だろう、そして同世代の幸せは何だろう。そのためのアウトプット環境や平和なコミュニティをつくるには、ブログが最適かもしれない」という感性があるからこそ成り立っています。

表現者として、アートの一環で発信するためのツール・スキルです。

サーフィンの波のように、流行りや需要に“乗る”ことは大事ですが、その本質を見極められず、“流されてしまう”ことは大変危険ですし、アイデンティティの形成に役立たないことがある気がします。

例えば仮に世の中が異様な餃子ブームになって、餃子をつくる人の頭数が明らかに不足しているとなれば、餃子をつくるというスキルにあたかも大きな価値があるように見えるわけです。

昨今のプログラミングのように「旬のスキル」というのはいつの時代にも必ずありますよね。
そういった旬のスキルというのは何かの理由で餃子に対する需要が異様に高まっているようなものです。

だから、多くの人が「ここは自分も餃子をつくれるようになろう」というスキルに目を向ける

ところが、人間すぐには死にません。
仕事は長い間続けていく。
いずれは餃子をつくることのできる人が十分に出てくる
そうすると平均点にお金を払う人はいないということになる。

楠木建氏&山口周氏・著書『仕事ができるとはどういうことか』

まとめ:周りの物差し vs 自分の感性

近日また詳しくお話ししたいと思うのですが、自分の感性を犠牲にし周りの“善し悪し”論争に巻き込まれたうえで習得するスキルほど無意味なものはありません
「そんなに英語話せるなら、第三言語学ばないの?」
「プログラミングとか習得しないの?」
そういうことを聞かれることが度々あるのですが、その答えは「今のところ“なりたい自分”の中で必須なスキルじゃないし、それらのスキルがないと死ぬなんてことないから、今は学ばないかな」ですね。
なので今後学ぶかもしれないし、学ばないかもしれない―それは僕のセンス次第

大事なのは、その時その時の自分の感性に磨きをかけながら、真摯にそれと向き合ってストーリーを構成することだと思います。

僕はこのブログで【本質】の大切さを主に強調していて、むやみやたらにスキルを習得したところでそれに伴う時間や費用の犠牲を考えているのかという点では“本質的”でない気がして、『決断に過ちがある』と感じてしまいます。

僕のメンターであるこうじろう君は、自分の感性と土俵を理解しているからこそ彼の習得したスキルはかけがえのない人的資本となります。

全般的にセンスがある人というのはいない。

本当にセンスがある人というのは単にセンスがあるだけではなくて、自分のセンスの「土俵」がよくわかっている
これが自分の仕事なのか、そうじゃないのかという直感的な見極めが実にうまい。
これが本当にセンスがあるということでしょう。

初めのうちは迷ったらとにかくやってみる。
ところが、いつまでたってもそのやり方を続けている人というのは、たぶんセンスがない。

「これは自分の領分ではない」と思うことには手を出さないという「土俵感」。
「これが自分の土俵だ」という感覚がだんだんはっきりとしてくる。
これもまた仕事ができる人の特徴だと思います。

楠木建氏&山口周氏・著書『仕事ができるとはどういうことか』

事実、彼がフリーランスという形態で仕事を行っているのも実際彼がある会社で勤めた経験を経て、「この働き方は自分の土俵じゃないな、このセンス好かないかもな」実体験と反省、そして思考からなるシフト転換と価値観の再確認ができる賢さがあるからできたことです。

そして何より、彼は【人生を楽しんでいる】

こうじろう、いや先生、これからも一緒に感性磨きながら価値観の再確認して、一緒に楽しい人生送ろう!

記事を読んでくださり、にふぇーでーびる!
またやーさい!

大空にも東も西もないように、あなたの心も内側と外側で境界を設けてはいけません。

―“さとり人”代表・お釈迦様より

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