【会話の基礎】不道徳的な人が“人生の教師”になったお話

人間関係
スポンサーリンク




ハイサイ、さとり世代の仲間たち!
ハイサイ、さとり世代を応援してくださっている皆さん!

今回の記事は、人生の大切な基礎を教えてくれた僕の<反面教師>の方についてお話しします。

結論から申し上げますと、僕はこの方のおかげで人と話す時は笑顔で接すること綺麗で失礼のない日本語を使おうと決心することができ、今ではそういうマナー面で褒めてもらえることが多くなりました。

まずは事件の全貌についてお話しし、反面教師が教えてくれた教訓を実践してどうなったかというその後の経緯についてもシェアさせていただきます。

事件の全貌:<反面教師>との出会い

“友達再会ツアー”に出かけた僕

この友人に至っては約4年ぶりの再会だったので、思わず一緒に雄たけびを上げながら思いっきり抱擁を交わしました(笑)。

今から2年前の事なのですが、当時僕は高校を3月に卒業してから8月に渡米・大学入学するまでの約5か月、いわば地元・沖縄での“フリーター”生活がありました。

そして7月あたりに、京都の高校で一緒だった友達や本土の大学に進学した沖縄の友達に会いに行きたいと思い、“友達再会ツアー”と称して大分・福岡・愛知・京都・大阪・東京に一週間旅行に行きました。

沢山の友達と再会することができ、各地で美味しい食べ物を堪能しまくり、旅は順調でした。
そして帰りの便に乗るために空港に行くと、“事件”が起こりました…。

チェックインカウンターにて…

僕自身が悪いのもあるのですが、ギリギリなスケジュールになってしまい空港に保安検査場締め切り時刻の約30分前にチェックインカウンターに到着しました。

ドタバタしていたことで、カウンターに着くとなぜかスーツケースのタイヤが壊れていました

待ち時間の割愛をしたいという主な理由で、僕はもっぱら荷物は何も預けない“手荷物派”なのですが、タイヤが壊れていたのでスーツケースはチェックインしてほしいと言われました。

僕は仕方なく預けたのですが、その受付スタッフの方は荷物をビニールに包む事もテープでタイヤの部分を覆う事もせず、そのまま荷物用のベルトコンベヤーに置きました

ちょっと心配で嫌な予感がしたので、中の物が飛び出ないようにテープで覆ってもらったりビニールに包んでもらったりする事はできないかと尋ねると「このままで大丈夫です」の一点張り

そして僕は不安を募らせながらもチェックインを完了させ、手続き時間にも間に合い無事搭乗口を通過しました。
そして搭乗口に向かってしばらく歩いていたその時でした。

結局ダメだった預け荷物

アナウンスで僕の名前が呼び出されていました原因は預けてもらった荷物でした

チェックインカウンターまで戻ってきてほしいとの事でしたが、搭乗口の方が近かったのでそこで荷物について話そうと思い搭乗口に向かいました。

そして搭乗口に着いてみると、荷物が届いていないのでチェックインカウンターに戻って話してきてほしいと言われました。

なぜ無線や電話でコミュニケーションできないのか疑問でしたが、搭乗手続きも終了しそうだったのですぐ交渉して搭乗口に戻る事を伝え、急いでカウンターに戻りました。

受付スタッフの“衝撃の対応”

カウンターに戻って交渉を始めようとすると、荷物を預けた時と同じスタッフが待っていました。

そしてなんと、そのスタッフの方は「搭乗手続きが只今終了したのでこの便には乗れません」の一点張りでした…。

荷物の話はどこへやら、僕は経緯を説明して載せてほしいとお願いしても、申し訳ございませんの一言もなく、せめて別の便を取り直してくれることもなく、「できません・乗れません」の一言だけ。

最初に荷物を預けた時にも、その方のムスッとした表情敬語・言葉の使い方など正直腹立たしかったのですが、もう怒りがピークに達していました(かといって特に相手に何もしませんでしたが…)

無駄な出費と親戚への迷惑

結局スーツケースは“そのまま”返されたので、まずそのスーツケースを抱えて空港の案内カウンターに行き、テープでタイヤの部分を覆いました。

そしてケータイのホームページから自分で便を取り直し、翌朝の便だったので空港の近くに住んでいる従兄弟と叔母に連絡し泊めてもらうことになりました。

この旅行自体もアルバイトで貯めたお金で行っていたので、便を取り直すお金がやっとでした。
その時の従兄弟と叔母への申し訳なさは今でも覚えています…。

事件から学んだこと:会話で『相手への思いやり』は滲み出る

この事件で何を学んだか―。

やはり会話でどういう振る舞いをするかで、自分がどういう人間か(協調性や真心があるか)がハッキリわかってしまう事です。

無表情で臨機応変さのない対応で数少ない“ストレートで冷たい”言葉だけを浴びると、とても悲しい気持ちになるのには変わりありません。

僕も僕で引きずりすぎだったなと今になっては思うのですが、あの時のダメージは翌日にもおよびました金銭的ダメージもですが、それ以上にあれ程酷い会話・対応を経験したことがなかったことからのショックの方が大きかったです)

つまり、自分自身が“もう一生会わない人”と会話する一瞬でも、とてつもなく大きなダメージを人に与えかねないという事です。

【まとめ】この体験から生まれた覚悟と、実践してみて得た結果

まずは礼儀を

それ以来、当時僕は接客のアルバイトをしていたのですが<反面教師>から学んだ教訓を実践していきました。

笑顔綺麗な日本語や適切な言葉選び気持ちいい挨拶電話では相手が切るのを待つ等の礼儀

マナー、話し方、敬語の本なども読み、取り入れたことを実際に応用していく事でくどい日本語は使わないようにするなど修正していきました。

そしてこれからも色んな書籍を読んだり、様々な人との出会いなどの体験に触れたりしていきながら、僕はアップデートし続けます。

そしてまたバイトなどの社会活動を通じて知ることができた当たり前の礼儀やマナーも(椅子を押して戻す、食器は一つにまとめて店員さんが片付けやすいようにする、現金で支払いする際は優しく置いて小銭・紙幣をそれぞれ取りやすいように添える…等)アップデートして生きながら身につけていきました。

優しさ・道徳・倫理について、もっと考える

勿論、バイト以外でも会話する時はこれらの事に気を付けました。時にはあの空港スタッフのような“反面教師”達と遭遇し、〈こういう人には絶対ならないぞ〉と鼓舞してもらった時もありましたし、今でもあります。

それ以外でももっと想像力を働かせるよう心掛け、小説を読んだり映画を観たり、何気ないひと時や娯楽の中でも色んな登場人物の背景を理解しようとしたりすることから、より広い視野を持ったり心に余裕が生まれたりしました。

そして恋愛面や友達との付き合いの中でも、「相手が嫌がりそうなこと」をできるだけたくさん想像して配慮し、実践していきながらトライ・アンド・エラーで応用編としてアップデートさせるよう常に、今でも、心掛けています。

皆さんにこの体験談をシェアした理由と、伝えたいメッセージ

結果、僕の接客や会話の時の態度に対し周りからは良いフィードバックを頂くことが多くなりました。

面接のときなどの初対面の場でも「挨拶も礼儀もしっかりしている好青年だね」と言って下さる事も増えていき、ますます頑張ろうと思えましたし、何よりこの状況は相手も僕自身も良い気分になる最強のウィン・ウィンな関係だなと心から感じました

そして前よりも会話をすることが楽しくなっていたのです。

もしも2年前にあの<反面教師>の方との出会いがなければ…
僕はこの先も失礼な態度を接客時に取っていた事でしょう、ということはないと思いますが、あの方のおかげで強い意志が僕の中で生まれたのは事実です。

苦手な人を好きになる必要は無いと思いますし不可能だと思いますが、初めから拒絶するのではなく少なくともそういう人たちからも何か学べることがあるのではないかと思います。

むしろ、そういう人たちのおかげで自分のアイデンティティがより形成されていくことも、僕が体験したことのようにあるのではないかと思います。

これからもそういう苦痛な思いをすることがあれば、自分の中の“反面教師的な意味で”刺激になるチャンスにならないか模索していこうと思います。

優しさ、なんて答えがないように思えてあまりにも哲学的かもしれませんし、「みんなで優しくなろう!」なんて人それぞれの価値観に土足で踏み込んで強要したりなんてしたくありません。

ですがここで僕が伝えたいメッセージは、そういう当然だったり普遍的であったりすることに対しても追求し、自分なりの答えを出してみる・思考し続けることにも意義を大いに感じるということです。
そして、人間だからできる(心理的に満たされる)自己肯定感の向上倫理の確立によって感じられるアイデンティティの修正”良い”習慣として成り立つ喜びがあるのではないかと思います。

よって、これからもこのブログでは僕なりのそういった道徳や倫理に対しての考えやディスカッションなども共有して、皆さんの知恵や思想も頂きながら、自分なりによりシェイプアップさせていきたいと思います!
よろしくお願いします!

記事を読んでくださり、にふぇーでーびる!
またやーさい!

大空にも東も西もないように、あなたの心も内側と外側で境界を設けてはいけません。

―“さとり人”代表・お釈迦様より

コメント

タイトルとURLをコピーしました