【贈る言葉①】監督が僕にくれた『大嫌いで恥ずかしい“エール”』

自己啓発
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今回の記事は、小・中学校の時に所属していたサッカーチームの総監督が、小学6年生の頃の僕にくれた最高の『贈る言葉』についてお話しします。
中学を卒業するまで気付けなかったこの言葉を頂いた有難みについてより詳しくお伝えする為に、今回のテーマを三部に分けてお送りします。

  • 第一部では『贈る言葉を頂いた経緯と僕の正直な気持ち
  • 第二部では『贈る言葉を全うし続けてどのような結果をもたらせたか』
  • 第三部ではプラスαで何を得ることができたか』

について焦点を当ててお話しさせていただきます。

早速参りたいと思います:
贈る言葉はいったい何だったのか、そしてどのように僕の中での変革に大きな役割を果たしてくれたのか、じっくりお話ししたいと思います。

【どん底】全然試合に出られなかった日々

サッカーを始めるのが遅かった僕

僕は小学3年生の終わりに本格的にサッカーを始めました。

僕の友達はだいたい小学1年生から、早くて5歳ぐらいからサッカーを始めていたので、周りと比べると僕はスロースターターでした。
始める時期も遅かったのでサッカーの基礎的なスキルは備わっていませんでしたが、小学4年生の終わり頃に市の選抜チームに選んでもらったのを機に、小学5年生の時に〈もっと上手くなりたい〉と思い、県内屈指の名門クラブチームに入団しました。

全く試合に出られない日々

勿論、周りは上手い選手だらけで僕はあまり試合に出られませんでした。
悔しくてたまりませんでした。

ある友達がコーチに「ザルだな」と言われているのを目の当たりにして、次は僕が言われる番ではないかとビクビクしていました。

【成長】小6の転機から一転:中学では国体選手候補にまで

毎週通った深夜練習

そんな僕でしたが、週2で行われていた地元の小学生の為の深夜練習などにも参加し、練習以外でもひたすら基礎練習をして一からたたき直しました

小学生最後のシーズンに訪れた転機、そして躍進

その結果、小学6年生の頃に大きな転機が訪れ、今まで任されていたセンターバックという守備的なポジションからセンターフォワードという攻撃的なポジションに大抜擢され、出場した試合で活躍することができレギュラーメンバーとして定着することができました。

しかも中学生になると(同クラブの中学ユースチームに所属)、今度はサイドバックという守備的なポジションに採用され、努力を惜しまなかった結果、中学2年生の頃からトップチームで先発出場することができました。市の選抜チームでもスタメン出場することができ、中学の終わりには(当時のスター選手が県外に行くこともあり、また監督から推薦を受け、運も重なり)国体選手候補にも選んでもらいました。

才能、なんてなくても

その裏には僕の努力の積み重ねがあったから、これにつきます。

僕はスロースターターの基礎がなっていない下手くそですが、それでも試合に出られるのには訳がありました。
自分の事を安売りせず、ただひたすら取り組む真面目な性格だったからです。

そして僕らのクラブチームの総監督・元サッカー日本代表主将のK監督は、小学校を卒業する時に僕ら選手一人ひとりに『贈る言葉』をくれました。

当時はその言葉がなんかダサくて恥ずかしかったのですが、今でも原動力になっているのには変わりありません。

【原動力】K監督:「意外性を発揮する頑張り屋」

恥ずかしくて、悔しかった『贈る言葉』

小学生として最後の試合を終え数日が経った頃、チームの打ち上げ・送別会がありました。
そこには、多忙で滅多に来られないチーム総監督のKさんの姿がありました。

K監督は小学校を卒業する僕ら一人ひとりに『贈る言葉』をくれました。
チームメイトが〈チームを引っ張るストライカー〉や〈サイドを切り抜けるスピードスター〉などと書かれてある色紙をもらう中、僕が頂いたのは

【意外性を発揮する頑張り屋】

K監督

が書かれた色紙でした。

周りの皆がプレースタイルや選手としての特長が記された言葉をもらっている中、僕は選手としてというより“いち人間”としての言葉でした。
当時の僕は、選手として褒められていないようで、また“頑張り屋”と誰にでも該当するような特徴しか見られていないようで、少し恥ずかしい気持ちになりました。

今となって、やっと気付けたこと

でもそれは違ったと思います。

頻繁に試合に足を運ぶことのできない総監督ですが、彼は恐らく知っていました。
僕がコツコツと努めていた事を。

その真面目さを貫いてほしいという強い想いが、歳を重ねるごとに理解していくことができました。
今でもその色紙を部屋に飾り毎日それを見て鼓舞されているぐらい、彼がくれた『贈る言葉』に励まされています。

その特長が、サッカーだけでなくあらゆる場面で大切であり応用できる事を知りました。

【まとめ】フィードバックという健康的サイクル、且つ“資産”

以上が第一部になります。

僕の人生の中で根強く生きている根本的な部分なので、三部作にわたって(長くなり図々しいかと思いますが…)ご紹介しています。

周りから頂く言葉の影響力や、心で感じることでしっかりと自分なりのアイデンティティとして形成されていく経緯がなんとなくお分かりになっていただけたかと思います。

つまり、評価というものは周りや相手がくれて初めて成り立つものであり、それまでは自分が良いと感じた理念を全うし続ける、そしてやっとポジティブなフィードバックを得られ、“健康的に承認欲求を満たされ”ながらも自分に自信をつけるというサイクルがおこっているかと思います。

少なからず、僕の中ではその経緯そのものを誇りに思いますし、その結果頂いたK監督からのお言葉が“資産”として僕の中で生き続けています。

次回予告:小さな『頑張る』がもたらす大きな『結果』

第二部では具体的に、どのような結果をサッカー面、そしてそれ以外の場面でも生き続けたかについてお話しします。
僕のエピソードを交えたお話なので、より具体的になるべく解説でき皆さんにより納得していただける内容になっているかと思います。

是非、このトピックの続きについてお話しさせてもらう明日の記事チェックしてみてください!
番外編として、小説から取り入れた“刺さる名言”も勤勉という今回のテーマに沿ってご紹介するので、そこもお見逃しなく!

記事を読んでくださり、にふぇーでーびる!
またやーさい!

大空にも東も西もないように、あなたの心も内側と外側で境界を設けてはいけません。

―“さとり人”代表・お釈迦様より

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