【女性差別に一言①】女性差別を解決させたいから、『ミクロ的視点』を応用する

社会問題
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ハイサイ、さとり世代の仲間たち!
ハイサイ、さとり世代を応援してくださっている皆さん!

今回の記事では、僕が女性問題に対して率直に思うことをミクロ的視点から述べます。
ミクロ的視点はどういう事かというと、大々的に社会全体で改革を起こすというより、僕個人の価値観に焦点を当て、僕なりに改革を起こすことで『より良いプラットフォームを生む』一つの案になるのではないかと考えているのです。

もう少し詳しく述べると、現在のところ恋人もいませんし結婚観や願望も曖昧なのですが、今までの経験を通じて「仮に僕が誰かと同棲したり結婚したりしたら、どういうアプローチで“主婦業”に改革を起こせるのだろうか」という考えをシェアしたいということです。
僕の意見をシェアすることにより、とても普遍的な価値観かもしれませんが、そのミクロ的視点が起こせる『女性問題』へのタックルってあると思うんです。

書籍や記事を引用していきながら、僕が「いやこういうんじゃなくて、こういう風に女性を応援しようよ!」ということを結論付けますので、是非最後までチェックしていただければ幸いです。

【衝撃】家事はまだまだ女性に任せきり

毎朝のようにNewsPicksをチェックしていたところ、このような記事を発見いたしました:

休日に家事をする時間は、妻が夫の2倍―。

11月22日の「いい夫婦の日」を前にシチズン時計(東京)が実施したアンケートで、家事負担の夫婦間格差が依然として大きい実態が浮かんだ。

「休日1日に家事に費やす時間」は、夫の7割が「1時間以内」、妻の7割が「2時間以上」と回答した。妻は平均2時間12分で、15年前の同様の調査に比べ、1分縮まっただけだった。

一般社団法人共同通信社
休日家事、妻は夫の2倍? 400人アンケート | 共同通信
休日に家事をする時間は、妻が夫の2倍―。11月22日の「いい夫婦の日」を前にシチズン時計(東京)が実...

確かに昔と比べ、旦那さんの家事への積極性は向上しているようです。

でも率直に述べると、僕がこの記事から感じたのは

「奥さんも旦那さんも“平等な休日”をもらっているというベースがあるうえで、これだけの差が生まれているのはやはり“システム”に問題があるのではなく、”プラットフォーム”そのものに問題があるんだよな」

ということです。

つまりどういうことかというと、この記事の状況では同じ“休日”という平等な条件を与えられたうえで、これだけ旦那さんが奥さんと格差を開いて家事に消極的なのは、「育休」とか「働き方改革」とか取り組みそのものではなく、もはや【旦那さんそのものに問題がある】という点です。

【持論】フェラーリを与えるのではなく、運転する方法を伝授しよう!

例えるならば、せっかくフェラーリを与えられたのにもかかわらず、運転手がペーパードライバーだったり運転免許を持っていなかったりすれば、全然フェラーリ特有の性能を生かせていなかったり、ましてや事故の可能性まで上がったりしてしまうということです。

引用元:https://www.mynrma.com.au/cars-and-driving/driver-training-and-licences/resources/how-to-teach-someone-to-drive

緊急事態宣言発令中のコロナ禍においても同じような現象が起きているように感じて、せっかくリモート作業など自宅での時間が増えたのにもかかわらず、家庭や家事とちゃんと向き合うこともせず、結局奥さんの怒りを買ってしまい家庭内に不和が生まれてしまっていたのです。

そしてこれはまさに【女性問題】が根底にあると感じていて、”主婦業”(あまり主婦業という言葉も好きではありませんが)の大変さや女性の苦しみそのものを理解していないからこそ、こういう現象が偶然ではなく必然的に生まれたに違いないと思います。

だからこそ僕は「みんなにフェラーリをあげよう」というように「みんなに育休!みんなに働き方改革!」ということではなく、もっと具体的でミクロ的視点に焦点を合わせ、「まずは運転免許を取ろう」というように「まずは女性への理解を深めよう」ということからスタートしたほうが良いと感じるのです。

「フェラーリ」を与え続ける世の中

実はこの社会全体の『フェラーリ与えればいいじゃないか』的“女性問題”の訴えや取り組みって、一方的に犠牲者を生むだけだと感じます。
女性自身も境遇を理解してもらえないし、その一方で男性も「自動車の運転の方法を学べていない」ように女性や主婦業の大変さを理解していないと感じるのです。

だからこそこの“女性問題”は平行線のまま未解決に終わり、結局女性も犠牲になるし、「フェラーリだけを与えられた」男性も実は犠牲者になっていて、この“女性問題”って誰が悪いかというより、【未知が及ぼす負のスパイラルと社会のプラットフォームの欠陥】でしかないと思うのです。

だからこそ僕は〈まずはミクロ的視点に焦点を当てようよ〉と(何度も繰り返しましたが)感じちゃうのです。

「これじゃあ女性問題の理解を深められない」(2018年グラミー賞の例)

「いやそうじゃない!」という具体例を挙げます。

これは非常にセンシティブな題材で、人それぞれのアート観が異なる事から取り上げるのに難しいと感じるのですが、僕が素直に感じた事なので引用します。

引用元:https://www.pastemagazine.com/music/cardi-b/cardi-b-wins-best-rap-album/

2018年のグラミー賞・最優秀ラップアルバム部門で、受賞が期待されていた歌手のトラヴィス・スコットさんではなく、同じくノミネートされた女性ラッパーのカーディ・Bさんが<史上初の女性ソロラッパーとして>受賞しました。

この受賞劇は波紋を呼び、僕自身もハッキリ言うと<ここ10年の中でも最高傑作だった>トラヴィスさんのアルバム『Astroworld』が獲るべきだったと感じるのですが、そんなことを言っても仕方がありません。
カーディさんも素晴らしいラッパーですし、なんといってもアートの価値観は人それぞれです。

ただ僕は何が言いたいかというと、「仮にこの受賞の背景に“カーディさんが獲る事で女性ラッパーの推進”を目論んでいたのであれば、それは音楽・アートへの侮辱だけではなく【女性問題】に対しても問題がある」ということです。

公共の場やセレモニーを利用し、<多くの注目を浴びているから>そこで女性への評価を過信させてしまうのは、かえって女性にも失礼ですし、「これが女性問題の解決策かよ」とさらに怒りや【女性問題】への抵抗感を生んでしまうだけです。

「これじゃあ女性問題の理解を深められない」(近年の政策の例)

運動としては良いと思うのですが、政策で女性への優遇をあまりにも手厚くし過ぎてかえって【男性差別】を生んでいるように感じるも、結局そこだと感じてしまいます。
例えば「希望の塾」を設立するアイデア自体は好きなのですが、そこで女性の平等を訴える為に男性より女性への優遇を手厚くするというのも本末転倒だと、やっぱりどうしても感じてしまいます。

「その先のゴールを明確化させて、そのプラットフォームを変える本当の意識改革を起こそうよ!」と訴えたいのが正直なところです。

まとめ:ミクロ的視点と持続性に、もっと理解を深めよう

フェラーリの例もそうですが、女性が社会で自由を感じてもらう為にはみんなに「魚」を分け与えるのではなく、「魚の獲り方」を全体的に伝授していく必要があると感じます。

やはり人間である以上、社会学的に性別の隔てなく“平等”を考えることは避けられません。
これって僕が『生きていくうえで、切っても切り離せない“お金”』について勉強しているのと同じ心構えで、大切な女性友達がいる以上、そして女性が好きな以上、女性や問題について勉強するのは個人的に当然だと感じます。

その上で「いやもうそういうのじゃ理解してもらえないよ」とどうしても“表面的”に感じてしまう社会の事柄に言及したかったので、ここで僕の想いを綴りました。

次回の記事ではもう少し【女性問題】へタックルしたいので、僕なりに行動したり学んでいったりすることでわかってきた“主婦業”の実態、そして僕なりの意識改革をご紹介します!

記事を読んでくださり、にふぇーでーびる!
またやーさい!

大空にも東も西もないように、あなたの心も内側と外側で境界を設けてはいけません。

―“さとり人”代表・お釈迦様より

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