第三部:【これさえやれば人生終わり!?】『見栄っ張り合戦』を防ぐ、とっておきの対策

人間関係
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ハイサイ、さとり世代の仲間たち!
ハイサイ、さとり世代を応援してくださっている皆さん!

前回・前々回に引き続き、今回の記事では僕が日常的に避けている“マウンティング”についてお話させてもらいます。

第一部では、【マウントばかり取ってその場しのぎになれば人生終わり論】という持論がいかにして誕生したか、そしてマウントが不要な理由について解説させてもらいました▼

第一部:【これさえやれば人生終わり!?】僕が人生で絶対にしないこと、それは…
ハイサイ、さとり世代の仲間たち!ハイサイ、さとり世代を応援してくださっている皆さん!突然ですが、皆さんはこの歌詞をご存知でしょうか?Well you win, it’s your show now…So what’s it...

そして第二部では、日常的に潜むマウンティングの具体的な二つの例となぜ僕がそれらをマウンティングと感じてしまうかについてご説明しました▼

第二部:【これさえやれば人生終わり!?】あなたのそばに潜んでいるマウンティング
ハイサイ、さとり世代の仲間たち!ハイサイ、さとり世代を応援してくださっている皆さん!前回に引き続き、今回の記事では僕が日常的に避けている“マウンティング”についてお話させてもらいます。前回の記事では、【マウントばかり取って...

ということで今日はこのトピックのまとめに差し掛かるにあたり、大まかに3つについてお話させてもらいます:

  1. 続いて嫌~な飲み会などで使える「マウンティングかどうか」を自分で測る基準
  2. なぜ僕がこのブログをマウンティングから避けるためのツールとして使用しているか
  3. 僕なりに実践しているマウンティングから逃れられる方法についてお話させてもらいます!

【どこからがマウント?】マウンティングを取らずに“ミッション・ステートメント”にする!

曖昧な基準を自分の武器にする為には、どうすればいいの?

前回の記事でエピソードを交えてお話しさせてもらったのですが、目的そのものが曖昧で、且つ、その場その場で“競争相手”やさじ加減が変動してしまう事こそに本質がないという内容について触れました。

前回使った例を引用すると“ランニング”という行為をしている僕を見て、僕に負けない(?)ためだけにランニングを始めるのは、モチベーションと目的をはき違えてしまい持続性のないものなってしまうということでした。
このランニングという背景には、僕が大学サッカーで主力メンバーとしてスタミナを鍛えないといけないという目的があり、その背景を見ずに行動だけを見て真似て僕と“競争”したつもりになっても、目的も経緯もそもそも違うのでそれは『終わりなきマウンティング』へと変貌してしまいます。

つまり(おさらいにもなりますが)【ルールや枠組みがなく、目的が曖昧で持続性に欠如している“勝負”と見せかけたその場しのぎの『お山の大将的』発想】、それこそがマウントになってしまいます。

では競争しづらい・誰よりも伸ばしたいけど比較対象が難しいものはどうしたらいいのか。

事実、例えば僕の”大学サッカーの為のランニング”のケースを使うと、僕のこの“スタミナ”そのものも無尽蔵のサッカー選手なんて山ほどいるしプレースタイルも違うので、僕が「お前よりもスタミナあるし、あいつよりもスタミナある」と言ったところで仕方ありません。

そういう時はどうすればいいのか―ミッション・ステートメント(Mission Statement)にするのです。

企業に例えれば分かりやすくなると思います。
そもそもミッション・ステートメントとは、とある企業が自身の理念と価値観を確認する為の道しるべであり、軸であり、使命であるのです。

スターバックスの『曖昧な基準を自社の武器にした』例

一例を挙げるとすると、スターバックスは具体的に6つのミッション・ステートメントがあり、その一つに「働きやすい環境を提供し、社員がお互いに尊敬と威厳をもって接する」というのがあります。

この“働きやすい”というキーワードは、近年のビジネストレンドからも読み取れるように、いかにエシカル(倫理的)で筋の通った会社を作れるかという本質を捉えたものです。
しかし、この働きやすさやエシカルさは社員満足度調査などで多少は測れるものの、セールスや株価などの数字に表れやすい要素と比べるとやはり中々他社と競争できるような一因ではありません

この場合、忘れてはいけない“社訓”として、且つ、会社の軸でありブレない“武器”として、ミッション・ステートメントに含め会社のメンバーが自分に問いなおせる環境を作る事でアイデンティティが形成されていきます。


僕のスタミナの話に戻すと、スタミナという“測りづらい武器”を周りにもアピールしながら自問自答し続けることで、それが僕の選手としての味になっていくのです。

事実、そのおかげで僕は守備の選手ながらも積極的に攻撃のチャンスに絡むことができながら守備の定位置に戻ってしっかり仕事もする、という頑張り屋でスタミナのある元気な選手として監督に認められました。

測れないものだとしても、マウントを取る必要は一切ありません。

別にその場しのぎで一人ひとりに対して「お前より○○できる」と安売り・押し付けをするのでなく、自分に落とし込んでその武器を磨き続けることに注力し、はじめて〈評価というものは相手・周りがいて認めてくれて成り立つものなので〉ミッション・ステートメントとしてブレない軸にしていく。

僕はそれが一番スマートで本質的な戦略だと感じます。

【松本人志さんに憧れて】ブログを始めたのも、マウントを取らせないため

引用元:https://www.lmaga.jp/news/2020/04/114726/

実はこのブログを始めたのも、マウンティングや使い物にならない物差しを通じて僕をジャッジしてほしくないと思ったからという想いもあるからです。
「米国の大学って凄い」と称賛してくれるのは嬉しいのですが、もう曖昧な基準でひたすら僕を測られることに少し疲れてしまいました。

前回の記事・第二部で『半沢直樹』の例を使って紹介したように、僕は職種そのものである米国大学の大学生、ではなくその前文にある“形容詞”にフォーカスしてほしいですし、その上でフィードバックが欲しいのです。
※大学生である意義、そして米国大学に進学した理由(つまり『前文にある形容詞』)について、この2つの記事で詳しくお話しています▼

だからこそ僕が自分の考え・想い・経験などをブログに記録することで、より僕がどういう“いちサンプル”かを読者の方々は理解していただけるのではないかなと思い立ったのです。

少しニュアンスは違うと思いますが、僕が尊敬している松本人志氏・著書『松本の遺書』で、松本さんは

俺自身がどれだけ世間離れしていて、度を越えて変態で面白いかをみんなに示していきたい。
分かる人にだけ笑ってもらったらいい。

モノマネとかできひんし、いわゆる”芸”、つまり大道芸は持っていないけど、俺の芸は、俺の頭のキレと面白さそのもので、その味が滲み出て作り上げられたもの

松本人志氏・著書『松本の遺書』

とメチャクチャカッコいいことを仰っていました。

僕のブログはある種その想いと似ているところがあり、僕なりの変態さや脳内を思う存分記したうえで、もはやジャッジすることや僕のあまり好きじゃない物差しを使うこともできない“資産”として、僕そのものを理解してもらえるのではないかと思っています。

また、このブログは“履歴書”でもあるかと思っていて、履歴書というその名の通り僕の歩みや成長の履歴を記すことで自分自身がアップデートできているかどうかを明確にビジュアル化できるのではと思いました。
無論、このブログを通じてさとり世代の個々が悟りを開けられるような良いコミュニティを作りたいのもあるので、“フィードバック”という僕の大好きな(分かりやすい)物差しを使って僕の記事や僕を測ってほしいと思います。

まとめ:対策『マウンティングを否定できるキャラと認めさせる』

とはいえ、僕は何から何までシャットアウトしている訳ではありません。

というのも、イジりという形で「お前〇〇やんけ、ダサ~」みたいなフリがくると、やはりウケとしては美味しいですし盛り上がります。
なのでそういう時は〈ちょっと待ってくださいよ~〉的なノリで返すのが礼儀だとも思います…ユニーク性やアドリブ力ってやはり大事ですよね、色々な本で共通してユニーク性の大切さを強調しているのにも気づきました。

僕が伝えたかったのはそういう場でなく、冗談抜きで真剣にマウンティングを取ってくる人やそういう会話においての話です。
ストレスをなるべく減らし本質だけを見据えたシンプルな生き方において、どう考えてもマウンティングに携わる事は不要です。

なので僕がやっていることはキャラづくりです。
僕は自分がこういう人間だと豪語することで、周りも僕が嫌な事を排除してくれたりします

例えば僕はケチキャラで定着させたこともあるので、無駄遣いをするような遊びや食事を避けたとしても周りは「まああいつはケチだから仕方ない」と理解してくれます。

“マウンティング断固拒否キャラ”においても、誰かの発言がマウンティングと感じた時に「んー、マウント」と言うだけで場が落ち着くというキャラが定着していきました。
そして今では、その一言を待つかのように友達がフってきて僕が一言マウントと言ってお笑いになるという、身内ネタのひとつになりました。

「初対面でマウントを取られたらどうすればいいの?」という質問がきそうなのでハッキリ答えますが、僕はまだそういう体験をしたことがないので分かりません。
ただ準備はしています―着信がきたフリをし、急用といってその場から逃げる…(笑)

僕はそれぐらいマウント合戦が苦手なんですね…。

キャラづくりをすれば、周りも〈あいつは○○な性格〉と分かりやすく理解できますし、自分自身も楽にストレスから逃れられると思います。

皆さんも是非、何か嫌な事や全うしたい事があれば、本質だけで楽しく生きるためにキャラを作ってみてはいかがですか?

記事を読んでくださり、にふぇーでーびる!
またやーさい!

大空にも東も西もないように、あなたの心も内側と外側で境界を設けてはいけません。

―“さとり人”代表・お釈迦様より

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